「今、『ドーナツが丸くてホントに良かった』とか言おうとしたでしょ」
「まぁ、そんなところね。どうして?」
「なんとなく、わかるんだ。」
君はそういってから、僕を見て「変な人。」
「でもね、ドーナツが丸くなかったら、世界も違っていたと思うのよ。」と言う。
「わかるよ。そういう風に考えるところも好きなんだ。」僕がそういうと、君は笑いながら、
「私も変だけど、あなたはやっぱり相当変だわ。」と言う。やっぱり、君の笑顔は素敵だな、と僕は思う。 そういう感じのドーナッツ屋さんが僕は好きです。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。]]>
「ジャンプ!」国道沿いに広がる畑から、時折ひばりが飛び立つのが見えた。 耳を澄ませば、レンゲにとまる蜂の羽音まで聞こえてきそうな、のどかな午後だった。 そうして、僕は1つ歳を取った。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
「きもちいいねー。」君は目を細めながら、外を見て言う。 外は初夏の明るさだけど、風にはまだ冷たい空気が混じってる。 ひんやりした廊下でなかなか来ないエレベーターを待つ時間も、君とこうしていられるだけで特別気持ち良く感じる。
「どうしてそんなににこにこしているの?」君は不思議そうに言う。
「エレベーターを待っているのが楽しいから。」僕がそういうと、「あなたはほんとに変な人」と言って君は笑う。
「わたしね、あなたの笑顔を見るのが好き。とても優しい気持ちになれるの。」君は少し考えてから、そう言った。 廊下から見る空はとても明るくて、このまま飛び立てるような錯覚に陥りそうになる。街路樹の影は昨日より少し短く濃くなっているような気がした。 エレベータの階数表示がもうすぐ僕らの階に到着することを知らせている。 僕が映画の中に住んでいて今がエンディングなら、どれだけいいだろう、と思った。 ・・・ あれから、僕はあのエレベーターには乗っていない。 あのエレベータは今も誰かを運んでいるのだろうか。 あの廊下に吹く風は今もひんやりしているのかな。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
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カシャリガラスの箱に空気をひとつ詰めるたびに、君はガラスの箱を光にかざして検査し、大事そうに木箱にひとつひとつしまっていく。 こんな良く晴れた日に、その作業をする君を眺めているのが僕は大好きだ。 ・・・ 時折、君はガラスの箱をひとつ持って僕のところにやってきてこう言う。
「ねぇ、これ、イイと思わない?」僕は、
「君の撮る “空気” は世界一素敵だよ。」という。君は、
「私はあなたに褒められるのが一番嬉しい。」と笑って、また、透明な四角いガラスの箱に空気を閉じ込め始める。 僕は、君の持ってきたガラスの箱を太陽にかざしてみた。 その中には、空気と一緒に君の体温も閉じ込められているような気がした。 僕はどこまでも青く透き通った空を見ながら、僕たちは真空の宇宙の中にぽつんと浮かんだ星の上にほんの一瞬存在しているだけなんだ、ということを実感した。 とても良く晴れた春の一日だった。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
「あなたって、ホントに面白いよね。そういうくだらないところが好き。」僕は、彼女の笑顔を見て、とても暖かな気持ちになった。 ニュースは、その年の降雪量は記録的なものだったことを伝えていた。 公園では、花も少し咲き始めていた。 僕たちの最初の冬はそうやって、徐々に最後の春へと向かっていた。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
今はいつなんだ。僕はここで何をしてるんだ。回りの風景が急に現実感を失って、僕は自分がどこにも属していない気がした。
僕はあれからずっとここにいる。どこにも行けない。僕はコインを握ったまま、人影もまばらな冬のサービスエリアのコーヒーベンダーの前で立ちすくんでいた。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
「あなたはそろそろ“終わり”になりますね。」玄関を開けると、そこに立っていた彼女がそう言った。 彼女とは面識がなかったが、きっとそういう役割なのだろう。
「そうなんですか。“終わり”はいつ頃なのですか?」
「はっきりとは言えませんが、もうすぐです。」
「そうですか。もう少し早かったら丁度良かったんですけどね。そうだなぁ、昨年の春頃なら一番よかったかな。」彼女は、僕が残念そうな顔をしているのが気になったのだろう。
「ご希望に沿えず申し訳ありませんが、決まっていることですので。」そう言って、視線を落とした。
「いえ、いいんですよ。まぁ、今でも悪くはないし。それに・・・」
「それに?」
「それにあなたのせいじゃない。」彼女のせいなのかどうかは分からなかったけど、気にさせるのが悪かったのでついそう言ってしまった。
「では、いろいろとご用事もおありでしょうから、私はこれで失礼いたします。」彼女は視線を上げて僕を見ると、そう言って帰っていった。 ・・・ 僕はドアを閉めて、部屋に戻り、コーヒーを1杯分落としてカップに移した。 原稿の締切が終ったところだったし、取り立ててしておかないといけないことは思い浮かばなかった。とりあえず、クライアントにしばらく仕事が請けられなくなることをメールに書いて送った。 コーヒーを飲み終わってしまうと、僕はやることがなくなってしまった。 日頃の癖でシャワーをして、ベランダに出た。 夜空を眺めていると、どうしても最後に話をしたくなったので電話をかけた。 呼び出し音はとても長いように感じたし、受話器から聞こえる声はとても平板な気がしたけど、気のせいかもしれない。
「そろそろ僕は終わりなんだそうだよ。」
「そうなんだ。残念だね。」
「君が悲しんでくれるうちに終わりになれば良かったんだけどなぁ。」
「でも、それはあなたが選んだことだから仕方ないわ。」
「そうだね、君の言うとおりだ。」もうそれ以上何も言うことがなかった。
「それじゃあ、さようなら。」
「うん、さようなら。」簡単なお別れの挨拶をして僕らは電話を切った。 特に理由はなかったが、電話に保存されている住所録と発着信履歴とメールをすべて消した。もう電話を使うこともないだろう。 そうしてしまうと、とても身軽になった気がした。 僕は部屋に入り、メモパッドから用紙を 1 枚、丁寧に切り取った。 いつも使っている“馴染み”のボールペンのインクがちゃんと出るのを確認するために、雑誌の裏にぐるぐると丸を描いた。 そして、僕はこれまで書いたどの文字より丁寧にメモ用紙に書いた。
「ありがとう」メモに最初に気付いてくれた人へのメッセージになればいいな、と思いながら、テレビの前のいつも使っている小さなテーブルの上にメモを置いて、メモが飛ばないようにラナンキュラスの一輪挿しをメモの隅に置いた。 僕は部屋の明かりを消して、横になった。 遠くの方で誰かが「Blackbird」を口ずさんでいるのが聴こえたような気がした。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
「一番星。」僕は、一番星を見つけて、しばらく立ち止まっていた。
「あんなに近く見えるけど、本当はすっごい遠いところにあるんだぜ。」黒猫は退屈そうに前足を舐めながらそう言った。
「うん、しってる。」
「宝石と違って掌に載せたりすることもできないんだ。」
「うん、それもしってる。」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうにしているんだい?」・・・ 黒猫はしばらくじっとしていたけど、駐車場の隣の石垣を駆け上がって垣根の向こうに消えていった。垣根をくぐるとき、ちら、とこちらを見たけど、何も言わずにそのまま帰っていった。 まだ、僕は一人でじっとしていた。
「あんたの人生だ。あんたの好きにするがいいさ。」黒猫がどこかでそう言ってるような気がした。 ・・・
「僕は一番星を見つけたことが嬉しいんだよ。」僕は、荷物を持って歩き始めることにした。 僕にだってまだできることはあるさ。 君だってそう思うだろう? 僕はダウンのジッパーを一番上まで上げて、急に冷たくなった風が入らないようにして早足で歩いた。 空はどんどん暗くなり、一番星はもっとはっきり見えるようになった。 二番目の星はまだ見えない。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>
「私たちの生き方には二通りしかない。
奇跡など全く起こらないかのように生きるか、
すべてが奇跡であるかのように生きるかである。」
アルバート・アインシュタイン]]>
「いつも思うんだけど、ちょうどの金額しか持ってこないの?」
「うん。だって邪魔だもん。」
「もし、受け付けてくれないコインがあったらどうするの?」
「ほんとだね!」僕が感心してそういうと、君はあきれ笑いをしながら、なにそれ、と言った。
「あなたって、すごく良く考えていることもあるのに、びっくりするくらい何も考えていないところもあるよね。」僕は、照れ笑いをしながら、温かい烏龍茶のペットボトルを取り出し口から出してキャップを開け、君に渡した。君は、ありがとう、と言ってから、僕をじっと見て言った。
「あなたって、本当にでこぼこよね。」・・・ 僕たちは公園に続く小経を縦に並んで歩いた。 でごぼこで、いびつな形の僕は、躓かないように注意しながら、君と青空と茶色くなった葉っぱが少しだけ残る公園の木を順番に見ながら、歩いた。 さっきまで真っ青だった空には、少しだけすじ雲がかかっていた。 僕たちの秋は、そうやって少しずつ冬に向かって進んでいた。 その冬は、最後の “いつもどおりの冬” になった。 ・・・ ※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。 ]]>