夏前、静かな昼休みの終りに
日差しはまるで真夏のようだった。
僕たちはランチを済ませ、公園を横切ってオフィスに帰る途中だった。
午後の仕事を始めるまでにはまだ少し時間があったので、自販機でミネラルウォーターを買い、木陰になっているコンクリートの段差を見つけて腰掛けた。
大通りから一つ入っただけで随分静かになる。
公園沿いの道に停めた休憩中のタクシーの開いた窓から、AM ラジオの昼の番組が小さな音で聞こえてくる。
僕たちは、なんとなく黙ってぼんやりしていた。
「そのときからかな。」
ふと、彼は話し始めた。
「音楽が聴こえなくなったのは。」
僕は相変わらず黙って公園の真ん中辺りをぼんやり見ながら、彼の話を聞いていた。
「単なる音の集まり。道路工事の音と一緒。絵も模様にしか見えない。道路標識を見て感動しないのと同じで。」
「心が平らなんだ。何を見ても聞いても。食べ物も甘いとか辛いとかは分かるんだけど、おいしいかどうかが分からない。しかも、さ」
そこで彼は一旦話を切って、ミネラルウォーターのボトルの表面に細かく付いた水滴を指で何度か拭いて、その跡にできた透き通った部分を観察しているようだった。
「感情とは無関係に涙が止まらなくなったりするんだ。でも全然悲しくないんだよ。変だろう?」
僕は半分くらい残っているミネラルウォーターのキャップを閉めて足元に置いた。
彼は話を続けた。
僕がどんな風にしていても、彼の話を聞いていることが分かっているかのようだった。
「とても楽だよ。何にも邪魔されず、終わりに向かって淡々と歩くだけだから。」
僕はふと、大通りでランチを終えた人たちが信号待ちをしているところを想像し、彼が属している静かで穏やかな世界のことも同時に想像した。
僕は彼に訊いてみた。
「終わりにするの?」
彼は返事をせず、穏やかな顔でペットボトルの中の水面を見つめていた。
・・・
タクシーから聞こえてくる AM ラジオは午後 1 時を告げていた。
夏前のとてもよく晴れた水曜日の午後、とても静かな僕たちの昼休みは終ろうとしていた。
・・・
※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。