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2009年09月27日

暑い夏の終わりに。



  ・・・

とても暑い日だった。
僕は車をパーキングロットに停めて、大通りに繋がる細い路地を歩いていた。

晴れた日にこの路地を上を見ながら歩くのが僕は好きだ。
路地では両端のビルの形に合わせて細長くなっていた空が、大通りに出た瞬間に開放される。

周りの空気が薄くなったような気がするほど爽快で広い空。

「この景色を見たら、君はなんて言うだろう?」

今はその答えは聞けない。
でも、君は僕と同じ宇宙に今も存在してくれている。
今は無理でも、また聞けるかもしれない。
それだけで充分だ。

  ・・・

僕は、街路樹の影に入って、信号が青に変わるのを待っている。

ふと、信号の向こう側で、僕を見つけた君が大きく手を振っているのが見えるような気がして、僕は頭の中が真っ白になった。

信号は青に変わったけど、僕は立ちすくんでいた。

僕は暑い夏の終わりに放り出されたまま、動けずにいた。


  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2009年09月06日

君と歩いた夜道の街灯と、君が教えてくれたこと



  ・・・

僕たちはあまり外食をしないほうだったけど、夏の夜には地酒を出す居酒屋にも行ったりした。

居酒屋の帰りはいつも、少し涼しくなった風に当たりながら、人がいなくなった古い商店街をテクテク歩いた。

まばらにある街灯の古い蛍光灯は随分頼りなさげだったけど、僕は君とこの夜道を歩くのが好きだった。コインランドリーの大きなガラス戸の光でさえ、とても優しく涼やかに感じた。

電信柱にかかっている変わった看板を僕が不思議そうに見ていたら、

「それはね、仲人をやっているお店なのよ。ここではそういう風に言うの。」

と君は教えてくれた。

君は他にもいろいろなことを教えてくれた。
仕事のこと、会社への往き帰りに出会った人たちのこと、会社の裏の隙間に住む野良猫のこと。
夜道で君が教えてくれることのひとつひとつが僕にとっては宇宙の一大法則だった。

僕は夜道を歩きながら、よく空を眺めた。
狭い路地から覗く、狭い夜空には星がポツポツと光っていた。

  ・・・

どうして僕はこんなことを思い出すのだろう。
今でも僕の頭上には星が光っているのに。
どうして僕はこんな気持ちになるんだろう。
 
どうして僕は今ここにいるんだろう。
  
  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2009年07月27日

アイスコーヒーによって導かれる記憶の輪郭について


 
 
  ・・・

どうしてもアイスコーヒーが飲みたくなったので、切らしていた豆を買出しに出た。
家に戻った僕はコーヒー豆を挽いて落とし、氷を一杯入れた銅のマグカップに注いだ。
氷がカップの中で「ちりちり」と音を立てて解けた。


アイスコーヒーを三分の一くらい飲んでから、僕は床に寝転がり、目を閉じて、あの年の夏を思い出していた。

光はどこまでも白くて、空はどこまでも青くて、君はどこまでも素敵だった。

こうしていると、目を開けたら隣に君がいて、凍らせたタオルを僕の額にあてて、「気持ちいいでしょ?」って笑っているんじゃないか、って思えるくらいに今でもはっきりとした輪郭を持って戻ってくる。


少し風が出てきたのかな。
レースのカーテンがさらさらと音を立ててるのが聞こえる。

網戸越しに入ってくる風は、少し夕立の匂いがした。
  

  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に以前掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2009年07月26日

最高の夏のランチ、あるいは、カリフォルニア・ガール



 
 
その年の僕の夏は、デイヴ・リー・ロスの歌う「カリフォルニア・ガール」で始まった。

僕は、単位を 2 つだけ残して留年していて、週に 1 回大学に行けばいいだけ、という暮らしを半年していた。仕送りを止められていたので、なるべくお金を使わないように、授業や演奏のアルバイトのない日は、あまり出歩かないようにしていた。

僕が下宿していたアパートはとても家賃が安いのにしっかりした 2 階建ての鉄筋のアパートで、目の前には田んぼが広がっていて、とても見晴らしが良かった。
しかも、手すりの付いたしっかりした屋上があった。

僕は、朝起きると、屋上に折りたたみのサマーベッドを出して、寝転んで本を読んだ。青々とした田んぼをわたって来る風に吹かれながら、アパートの屋上でベッドに寝転んで読書をすると、なんとも言えない贅沢な気分になれた。

蝉の声のボリュームが大きくなって、腹が減ってきたら、屋上から降りてきて 1 階にある洗濯機のホースを外して水浴びした。ほとんど人も通らないし、目の前は田んぼだし、誰にも気兼ねしなくてよかった。

僕は、濡れた服を着たまま、つま先歩きで部屋に入って、タオルを取り、冷蔵庫から“貴重な”缶ビールを 1 本とスーパーの安売りで纏め買いしたソーセージを出して屋上に上がり、サマーベッドに座って、T シャツと短パンを自然乾燥させながら、“いつもの”簡単なランチにした。

僕の頭の中では、「カリフォルニア・ガール」がエンドレスでぐるぐると回っていた。

それは、今思い出しても、最高の夏のランチだった。
  
 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

象との夏。 あるいは、スウィート・ホーム・アラバマ

 
 
 
「ビールが美味い季節になってきたね」 と僕が言った。

「まぁ、僕の故郷では年中こんな感じさ」 と象は教えてくれた。

「夏が来ると、故郷が恋しくなったりしないかい?」

「年中、恋しいさ。でも、ここでこうやっているのも悪くはないよ。
暑い夏が来てビールを飲んだら、どこにいても君は僕のことを思い出してくれるだろう?
もし僕が忘れられて箪笥の隙間に落っこちて埃だらけになっていても、
きっと君は僕を思い出して、一所懸命探して見つけ出してくれるはずさ。
そうして、また一緒にビールを飲んでくれるだろうからね」

「もちろんだよ。君は僕の夏の一部だからね」

僕はそう言って乾杯し、ラジオから流れてくるレイナード・スキナードの「スウィート・ホーム・アラバマ」にあわせて歌った。

網戸越しに入ってきた風が部屋のカーテンを揺らした。

扇風機はゆっくりと夏の空気をかき混ぜていた。
 
 
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年07月07日

夏なんですね



今日もいい天気だ。暑くなるだろうなぁ。
まだ風は涼しいけど。

縁側の窓を開けて、畳の上でうとうとしてると、
誰かがどこかでかけてる「イパネマの娘」が庭越しに聴こえてきた。

台所の方から、声がする。

  「お昼ですよー」

あ、冷やしそうめんだ、もうそういう季節なんだねー、とか言って、
縁側の向こうの空を見上げながら、ガラスの碗にお箸を入れると、氷が「ちりん」と鳴った。

  ・・・

  「また眠たくなっちゃったよ」

お昼が終わって、またうとうとしていると、遠くでかすかに雷の音がした。

にわか雨がくるのかな?

もう夏なんだね。
 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年06月28日

夏前、静かな昼休みの終りに


 
 
日差しはまるで真夏のようだった。

僕たちはランチを済ませ、公園を横切ってオフィスに帰る途中だった。
午後の仕事を始めるまでにはまだ少し時間があったので、自販機でミネラルウォーターを買い、木陰になっているコンクリートの段差を見つけて腰掛けた。

大通りから一つ入っただけで随分静かになる。
公園沿いの道に停めた休憩中のタクシーの開いた窓から、AM ラジオの昼の番組が小さな音で聞こえてくる。

僕たちは、なんとなく黙ってぼんやりしていた。

「そのときからかな。」

ふと、彼は話し始めた。

「音楽が聴こえなくなったのは。」

僕は相変わらず黙って公園の真ん中辺りをぼんやり見ながら、彼の話を聞いていた。

「単なる音の集まり。道路工事の音と一緒。絵も模様にしか見えない。道路標識を見て感動しないのと同じで。」
「心が平らなんだ。何を見ても聞いても。食べ物も甘いとか辛いとかは分かるんだけど、おいしいかどうかが分からない。しかも、さ」

そこで彼は一旦話を切って、ミネラルウォーターのボトルの表面に細かく付いた水滴を指で何度か拭いて、その跡にできた透き通った部分を観察しているようだった。

「感情とは無関係に涙が止まらなくなったりするんだ。でも全然悲しくないんだよ。変だろう?」

僕は半分くらい残っているミネラルウォーターのキャップを閉めて足元に置いた。
彼は話を続けた。
僕がどんな風にしていても、彼の話を聞いていることが分かっているかのようだった。

「とても楽だよ。何にも邪魔されず、終わりに向かって淡々と歩くだけだから。」

僕はふと、大通りでランチを終えた人たちが信号待ちをしているところを想像し、彼が属している静かで穏やかな世界のことも同時に想像した。

僕は彼に訊いてみた。

「終わりにするの?」

彼は返事をせず、穏やかな顔でペットボトルの中の水面を見つめていた。

  ・・・

タクシーから聞こえてくる AM ラジオは午後 1 時を告げていた。

夏前のとてもよく晴れた水曜日の午後、とても静かな僕たちの昼休みは終ろうとしていた。

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

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作者 “hirobot” について

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