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2007年06月28日

夏前、静かな昼休みの終りに


Nikon D2H, Sigma DC 18-50mm f/2.8

  ・・・

日差しはまるで真夏のようだった。

僕たちはランチを済ませ、公園を横切ってオフィスに帰る途中だった。
午後の仕事を始めるまでにはまだ少し時間があったので、自販機でミネラルウォーターを買い、木陰になっているコンクリートの段差を見つけて腰掛けた。

大通りから一つ入っただけで随分静かになる。
公園沿いの道に停めた休憩中のタクシーの開いた窓から、AM ラジオの昼の番組が小さな音で聞こえてくる。

僕たちは、なんとなく黙ってぼんやりしていた。

「そのときからかな。」

ふと、彼は話し始めた。

「音楽が聴こえなくなったのは。」

僕は相変わらず黙って公園の真ん中辺りをぼんやり見ながら、彼の話を聞いていた。

「単なる音の集まり。道路工事の音と一緒。絵も模様にしか見えない。道路標識を見て感動しないのと同じで。」
「心が平らなんだ。何を見ても聞いても。食べ物も甘いとか辛いとかは分かるんだけど、おいしいかどうかが分からない。しかも、さ」

そこで彼は一旦話を切って、ミネラルウォーターのボトルの表面に細かく付いた水滴を指で何度か拭いて、その跡にできた透き通った部分を観察しているようだった。

「感情とは無関係に涙が止まらなくなったりするんだ。でも全然悲しくないんだよ。変だろう?」

僕は半分くらい残っているミネラルウォーターのキャップを閉めて足元に置いた。
彼は話を続けた。
僕がどんな風にしていても、彼の話を聞いていることが分かっているかのようだった。

「とても楽だよ。何にも邪魔されず、終わりに向かって淡々と歩くだけだから。」

僕はふと、大通りでランチを終えた人たちが信号待ちをしているところを想像し、彼が属している静かで穏やかな世界のことも同時に想像した。

僕は彼に訊いてみた。

「終わりにするの?」

彼は返事をせず、穏やかな顔でペットボトルの中の水面を見つめていた。

  ・・・

タクシーから聞こえてくる AM ラジオは午後 1 時を告げていた。

夏前のとてもよく晴れた水曜日の午後、とても静かな僕たちの昼休みは終ろうとしていた。


  ・・・

 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月25日




 
僕たちは結局、梅雨を一緒に過ごすことはなかった。
それから、梅雨は僕の中でどこか現実感がない季節になった。
なにかが抜け落ちてしまったそんな感じ。
たとえば、セリフの分からない古い無声映画をただ眺めているような感じだ。

  ・・・

「実はね、僕は存在しないんだよ。」

僕はエアコンの効きがいまひとつ良くないカフェで独り言を言ってみた。
なんとなくそう思ったのだけど、自分でもその意味を掴みかねていた。

原稿を書くのに疲れてきていたので、注文したハイネケン(それしかビールがなかったのだ)とナッツが来るまで、少し休むことにした。

外では細かい雨が降り始めていた。
僕は、コンクリート塀の乾いた白い部分が形を変えながら少しずつ小さくなっていくのをぼんやり眺めていた。
コンクリート塀がすべて雨の色に変わってしまうと、今度は誰もいないテラス席のテーブルに落ちた雨粒がくっついて大きな水滴になっていくところを理由もなく凝視していた。

  ・・・

「お待たせいたしました。」

僕はハイネケンを運んできてくれた女の子の声でふと我に返った。

ハイネケンを半分くらい一気に飲んでから、ピスタチオの殻を “自分のために” 剥いたときに、僕はすべてを理解した。
とても単純なことだった。
宇宙はすべて“対”でできていて片方だけでは存在できないのだ。

 
  ・・・
 


*おしらせ*
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月21日

ドーナッツ



  ・・・

そうだ、一緒にドーナッツを食べに行こうよ。

コーヒーを飲みながら二人でドーナッツを食べよう。

いつものドーナッツ。

君はピーナッツクランチ、僕はシュガーコート。

一口かじったドーナッツを顔の前に持ってきて、じっと眺めてる君を見て、僕が言う。

「今、『ドーナツが丸くてホントに良かった』とか言おうとしたでしょ」

「まぁ、そんなところね。どうして?」

「なんとなく、わかるんだ。」

「変な人。」

君はそういってから、僕を見て

「でもね、ドーナツが丸くなかったら、世界も違っていたと思うのよ。」

と言う。

「わかるよ。そういう風に考えるところも好きなんだ。」

僕がそういうと、君は笑いながら、

「私も変だけど、あなたはやっぱり相当変だわ。」

と言う。やっぱり、君の笑顔は素敵だな、と僕は思う。

そういう感じのドーナッツ屋さんが僕は好きです。


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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月19日

夏なんですね



今日もいい天気だ。暑くなるだろうなぁ。
まだ風は涼しいけど。

縁側の窓を開けて、畳の上でうとうとしてると、
誰かがどこかでかけてる「イパネマの娘」が庭越しに聴こえてきた。

台所の方から、声がする。

  「お昼ですよー」

あ、冷やしそうめんだ、もうそういう季節なんだねー、とか言って、
縁側の向こうの空を見上げながら、ガラスの碗にお箸を入れると、氷が「ちりん」と鳴った。

  ・・・

  「また眠たくなっちゃったよ」

お昼が終わって、またうとうとしていると、遠くでかすかに雷の音がした。

にわか雨がくるのかな?

もう夏なんだね。
 


  ・・・

 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月17日

近況報告



げんきですか?

僕は今、とても山奥にある鉄道で運転手をしています。
とても田舎なので、電化もされてないし、単線です。
ほとんど乗る人もいません。
というか、この40年まったく乗客がいないのです。

毎朝、僕は操車場に行って、車掌と一緒に車庫から列車を出します。
重い木の扉にかかっている錠前を外して、扉を開き、列車をすぐ近くの山のふもとの始発駅まで移動させるのです。
そして、8時ちょうどに始発駅を発車して、山を越え、13時ちょうどに山向こうの駅に到着します。
そして、車掌と僕はそこで持ってきた弁当を食べたりして休み、14時ちょうどに折り返し運転で山を越えて、19時ちょうどに始発駅に戻ってきます。
そして、重い木の扉を開けて、列車を車庫にしまいます。

「きょうはおつかれさま。」
「またあした。」

毎日、そういって、車掌と僕は別れて家に帰り、眠るのです。

ある日、僕はお昼ご飯を食べながら、車掌にふと尋ねてみました。

「いつまで、この列車を走らせるのかな。これまで誰も乗ってこなかったのに。」
「この列車が壊れて動かなくなるまでだよ。毎年、予算というものがついてくるんだ。世の中にはそんなお金がいっぱいあるんだよ。」

僕は、最後は列車を車庫にちゃんとしまってあげたいと思いました。
登りの途中で、列車が壊れて立ち往生して、そのまま朽ちていくのは、あんまりだと思ったからです。
僕たちも最後はきれいに仕事を終えたいと思いました。
それが鉄道にかかわる者のプライドだと思ったからです。

「それなら、ちゃんと1日の仕事を終えて、ちゃんと車庫にしまって、錠前をかけて終わろうよ。これから先も誰も乗らないだろうし、今やめても誰も文句は言わないはずだよ。だって、この列車は、ほとんど僕たちが動かすためだけに存在しているんだから。これまで誰の役にも立たなかったけど、最後を選ぶ権利くらいあるはずだ。」
「君の言うとおりだ。そうしよう。では、来週の金曜日が最後の運転の日だ。」

僕たちはそう決めました。
そして、木曜日の夜に僕たちは祝杯を上げました。

「ついに明日だね。」
「うん、明日だ。」

誰の役にも立てませんでしたが、ちゃんと毎日、規則正しく列車を運行させたという満足感がありました。

そして、金曜日、僕たちはいつもどおり、列車を車庫から出し、始発駅まで移動させ、定刻に列車を発車させました。

がたん、ごとん、がたん、ごとん。

いつもどおり、列車は走ります。
ホントに旧式の列車なので、登りは大変です。とてもゆっくりとしか登りません。
秋だというのに、途中で蝶々が窓から乗ってきました。
僕たちは、定刻に山向こうの駅に着き、いつもどおり昼食をとり、定刻に折り返し運転で出発しました。
そして、定刻に始発駅に戻ってきました。
いつもどおり、車掌が駅の名前を呼んで、ドアを開けると、昼前に乗ってきた蝶々が扉からひらひらひらと降りていきました。

「最初で最後の乗客だったね。」
「そうだね。」

そして、僕と車掌はいつもどおり、車庫に列車を入れ、重い木の扉を閉じて、錠前をかけました。

「おつかれさま。これで最後だね。」
「おつかれさま。これで最後だ。」
「これでもう会うこともないね。これで良かったのかな。」
「もう会うこともないし、これで良かったんだよ。」
「さようなら。」
「うん。さようなら。」

そんなわけで、僕は今、一人で静かに暮らしています。

 
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月16日

アカン人 (ひと)


  

僕がアカン人 (ひと) に会ったのは、金曜日の夜だった。

彼は甲子園球場からの帰りで、巨人の先発の木佐貫を阪神打線が打ち崩して勝利したことにご満悦だった。
結局、僕は飲みに付き合わさせられることになった。

彼は、ひとしきり完勝のゲームを反芻し、僕と今シーズンのこれからを占った。
僕たちは何軒かハシゴした後、小さなショットバーに入った。

彼は少しだけ笑顔で、誰に聞かせるでもなく、小さな声で話し始めた。


「僕はな、あんまり人から好かれるタイプとちゃうねん。
ほんまに。謙遜やなくて。 ホンマにアカン奴やねん。」

「がんばってるけど、アカンねん。
自分勝手やから、アカンねん。
そうやから、いろいろバチが当ったり、思うように行かへんかったり、
辛い目にあったりするねん。
結局、それは僕がアカン人やからやねん。」

「でもな、『そんなことない、君はアカン人やない』なんて言うてもらいたいとか、思ってもらいたいとか全然思ってないねん。」

「僕はな、『君はホンマにアカン人やけど、それでも私は無条件に君が好きや』って言うてくれる人が欲しかってんな。」

「結局、それもかなわへんかったんは、僕がアカン人やからやと思うわ。」

そう話し終わっても、彼は少しだけ笑顔のままだった。

もうとっくに終電はなくなっていたので、飲み明かそうかと、提案したが、彼は「いや、ちょっと歩いて帰るわ」と言った。
彼の家がどこにあるのかは知らなかったが、それほど近くはないことは分かっていた。


「ほんまに勝手でごめんな。この近くやったら泊まるところも一杯あると思う。ほんまに悪いんやけど。ほんまにごめんな。」


彼はそう言って、何度も振り返ってこっちに手を振りながら、歩いて行った。
僕は、そのままオールナイトの映画館に入って、ずっとアカン人のことを考えていた。

それ以来、彼には会っていない。

彼は今、どうしているんだろう。
今も自分のことを責め続けているのかな。
今でも罰を受け続けているのかな。

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月15日

ピスタチオ


 
 
天気の良い土曜日には、公園の見えるバルコニーに、折りたたみの椅子を2つと、
小さなテーブルを出して、小さなラジカセで“Saturday In The Park”をかけよう。

僕はビールを飲みながら、ピスタチオを袋から出して、ぱちぱちっと殻を取る。
君は僕の隣に座って、僕が殻を取ったピスタチオをつまんで、ぱくっと食べる。

「このまま人生が終わればいいのにね」

と僕が言う。君は、

「まだたくさんピスタチオが残ってるわ」

と言う。

・・・

部屋の中から漂ってくる夕飯のカレーの匂いで目が覚めた。
ベランダの窓から部屋の中を覗くと、キッチンから君の声がした。

「あまりにも気持ちよさそうに眠っていたものだから」

椅子とテーブルとビールの空き缶を片付けながら、下の公園を見ると
キャッチボールをしている親子の影が、佐々木マキの挿絵のように長く伸びていた。
 
 
  ・・・

 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年06月12日

晴れた休みの日と、装置としてのカメラと、君について



  ・・・

「今日は本当に良い天気ね。」

君はそう言って、カメラという装置で僕らの上に広がる空気を透き通ったガラスの箱に、どんどん詰めていった。

カシャリ

ガラスの箱に空気をひとつ詰めるたびに、君はガラスの箱を光にかざして検査し、大事そうに木箱にひとつひとつしまっていく。

こんな良く晴れた日に、その作業をする君を眺めているのが僕は大好きだ。

  ・・・

時折、君はガラスの箱をひとつ持って僕のところにやってきてこう言う。

「ねぇ、これ、イイと思わない?」

僕は、

「君の撮る “空気” は世界一素敵だよ。」

という。君は、

「私はあなたに褒められるのが一番嬉しい。」

と笑って、また、透明な四角いガラスの箱に空気を閉じ込め始める。

僕は、君の持ってきたガラスの箱を太陽にかざしてみた。
その中には、空気と一緒に君の体温も閉じ込められているような気がした。

僕はどこまでも青く透き通った空を見ながら、僕たちは真空の宇宙の中にぽつんと浮かんだ星の上にほんの一瞬存在しているだけなんだ、ということを実感した。

とても良く晴れた春の一日だった。

  ・・・

 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

まえがき

みなさん、はじめまして。
はじめまして、ではない人も多いかもしれませんね。

僕は、「土曜日、公園にて」というブログをやっているのですが、そこでは、普通の日記とともに不定期的に “お話” を書いています。

そこに載せた “お話” は書いた後も見直して書き直したりしているのですが、見直し後の “お話” の発表の機会がなく少し不憫に思っていました (笑)

そこで、“お話” だけを集めたブログを作ることにしました。

それが、この “lost + found (ロスト・アンド・ファウンド)” です。

ここに載せる “お話” は、、「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。
そのままの転記するものもありますが、少しずつ見直して書き直したものが多いです。

最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期に掲載しています。よろしければこちらの方も見ていただければ喜びます :-)

それでは、これからもよろしくお願いします。
 
 
※※

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作者 “hirobot” について

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