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2010年02月15日

Blackbird とラナンキュラスと夜の記憶について





  ・・・

「あなたはそろそろ“終わり”になりますね。」

玄関を開けると、そこに立っていた彼女がそう言った。
彼女とは面識がなかったが、きっとそういう役割なのだろう。

「そうなんですか。“終わり”はいつ頃なのですか?」
「はっきりとは言えませんが、もうすぐです。」
「そうですか。もう少し早かったら丁度良かったんですけどね。そうだなぁ、昨年の春頃なら一番よかったかな。」

彼女は、僕が残念そうな顔をしているのが気になったのだろう。

「ご希望に沿えず申し訳ありませんが、決まっていることですので。」

そう言って、視線を落とした。

「いえ、いいんですよ。まぁ、今でも悪くはないし。それに・・・」
「それに?」
「それにあなたのせいじゃない。」

彼女のせいなのかどうかは分からなかったけど、気にさせるのが悪かったのでついそう言ってしまった。

「では、いろいろとご用事もおありでしょうから、私はこれで失礼いたします。」

彼女は視線を上げて僕を見ると、そう言って帰っていった。

 ・・・

僕はドアを閉めて、部屋に戻り、コーヒーを1杯分落としてカップに移した。

原稿の締切が終ったところだったし、取り立ててしておかないといけないことは思い浮かばなかった。とりあえず、クライアントにしばらく仕事が請けられなくなることをメールに書いて送った。

コーヒーを飲み終わってしまうと、僕はやることがなくなってしまった。

日頃の癖でシャワーをして、ベランダに出た。
夜空を眺めていると、どうしても最後に話をしたくなったので電話をかけた。

呼び出し音はとても長いように感じたし、受話器から聞こえる声はとても平板な気がしたけど、気のせいかもしれない。

「そろそろ僕は終わりなんだそうだよ。」
「そうなんだ。残念だね。」
「君が悲しんでくれるうちに終わりになれば良かったんだけどなぁ。」
「でも、それはあなたが選んだことだから仕方ないわ。」
「そうだね、君の言うとおりだ。」

もうそれ以上何も言うことがなかった。

「それじゃあ、さようなら。」
「うん、さようなら。」

簡単なお別れの挨拶をして僕らは電話を切った。


特に理由はなかったが、電話に保存されている住所録と発着信履歴とメールをすべて消した。もう電話を使うこともないだろう。
そうしてしまうと、とても身軽になった気がした。

僕は部屋に入り、メモパッドから用紙を 1 枚、丁寧に切り取った。

いつも使っている“馴染み”のボールペンのインクがちゃんと出るのを確認するために、雑誌の裏にぐるぐると丸を描いた。

そして、僕はこれまで書いたどの文字より丁寧にメモ用紙に書いた。

「ありがとう」

メモに最初に気付いてくれた人へのメッセージになればいいな、と思いながら、テレビの前のいつも使っている小さなテーブルの上にメモを置いて、メモが飛ばないようにラナンキュラスの一輪挿しをメモの隅に置いた。

僕は部屋の明かりを消して、横になった。


遠くの方で誰かが「Blackbird」を口ずさんでいるのが聴こえたような気がした。
 
  ・・・
 
※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年01月30日

一番星、黒猫、および、僕



その日、僕は黒猫と一緒に、とぼとぼと日暮れ時の道を歩いていた。
いつもの駐車場をショートカットする道だ。

  ・・・

「一番星。」

僕は、一番星を見つけて、しばらく立ち止まっていた。

「あんなに近く見えるけど、本当はすっごい遠いところにあるんだぜ。」

黒猫は退屈そうに前足を舐めながらそう言った。

「うん、しってる。」
「宝石と違って掌に載せたりすることもできないんだ。」
「うん、それもしってる。」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうにしているんだい?」

  ・・・

黒猫はしばらくじっとしていたけど、駐車場の隣の石垣を駆け上がって垣根の向こうに消えていった。垣根をくぐるとき、ちら、とこちらを見たけど、何も言わずにそのまま帰っていった。
まだ、僕は一人でじっとしていた。

「あんたの人生だ。あんたの好きにするがいいさ。」

黒猫がどこかでそう言ってるような気がした。

  ・・・

「僕は一番星を見つけたことが嬉しいんだよ。」

僕は、荷物を持って歩き始めることにした。
僕にだってまだできることはあるさ。
君だってそう思うだろう?

僕はダウンのジッパーを一番上まで上げて、急に冷たくなった風が入らないようにして早足で歩いた。

空はどんどん暗くなり、一番星はもっとはっきり見えるようになった。

二番目の星はまだ見えない。


  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2009年10月23日

僕たちの真実




  ・・・

君の古い記憶が、真実かどうかは、僕には分からない。

街外れにある図書館に行って、司書のねずみに訊いてみるといいかもしれない。
その図書館には世界中の記憶が全部載っている古い本があるそうだから。

その本から、君の古い記憶を小さな小瓶に写し取ったら、川沿いに歩いてゆこう。
河が海につながるところまで来たら、小瓶を開けて流すんだよ。

君の古い記憶は、さら、さら、と静かに海に消えていく。

君の記憶や、君の真実は、海の中で薄く薄く、広く広く、でも確実に広がってゆく。
魚や海亀や鯨は、君の記憶を共有するんだ。

そうして、君は回復してゆく。
きっとね。
  
  
  ・・・


※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年11月10日

銀河鉄道の夜



  ・・・

僕はその日、夜行列車で遠いところへ向かっていた。

高速道路が線路の上で交差して、そのままずっと遠くまで延びている。
オレンジ色のナトリウム灯は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のようだった。
架線の鉄塔が目の前を通るたびにナトリウム灯が「ちら、ちら」と明滅する。

オーディオプレーヤーは前の曲を再生し終わって、次の「Ballet Mecanique 」に進んだ。

「ボクには初めと終わりがあるんだ」*

僕は遠くで明滅を続けるナトリウム灯をぼんやり眺めながら「終わりはいつなんだろう」とだれともなく問いかけてみた。

返事は聞こえなかった。

僕は目を閉じてしばらく眠ることにした。とても疲れていたから。
うたた寝している僕の耳元でバーナード・ファウラーが歌っていた。

「音楽。いつまでも続く音楽。踊っている僕を君は見ている。」*


* (C) music by Ryuichi Sakamoto, words by Akiko Yano, translated by Peter Barakan

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年10月18日



雨。
僕に降り注ぐ雨。
止まない雨。

赤い空から降ってくる。
青い雨。


「傘差さないでいいの?」

「いいんだよ。これでいいんだよ。」


ぼくの体温は少しずつ溶けて、アスファルトに吸い込まれて行った。
僕とアスファルトの境目がなくなったころ、君は言った。


「さようなら」

「うん、さようなら、最後までありがとう。」


僕は青い雨と混ざりながら、最後にありがとうと言えて良かったと思った。

  ・・・

これが僕の最後の記憶です。
 
 
 
  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2007年08月19日

修羅



  

聞いたよ。

君はもう要らなくなったんだってね。
もう用済みなんだって。
君だけが気付いてないんだって。
みんなの笑いものだって。

それでも君はそうするしかないんだね。
ほかの事など考えられないくらい、おんぼろだから。

薄汚れて、醜い修羅になって、君はどこに行くのかな。
 
  
 
  ・・・

 


  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

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