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2010年03月18日

最初の冬、最後の春




 
その年の冬は、とても寒い日が多かったけど、天気の良い日には、僕たちは良く散歩をした。

僕達は、いつもの公園を突っ切って、そのあたりをぶらぶら歩き写真を撮ったり、ベンチに腰掛けて、暖かい缶コーヒーを分け合いながら、野良猫の毛並みの差について議論したりした。

僕はいつもの通りくだらない冗談を言い、彼女はいつもの通り笑っていた。

「あなたって、ホントに面白いよね。そういうくだらないところが好き。」

僕は、彼女の笑顔を見て、とても暖かな気持ちになった。

ニュースは、その年の降雪量は記録的なものだったことを伝えていた。
公園では、花も少し咲き始めていた。
 
僕たちの最初の冬はそうやって、徐々に最後の春へと向かっていた。
 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年03月05日

深夜のカップベンダーの記憶に対する影響について


 
その日、僕は深夜の高速道路を走っていた。
少し疲れたので、途中のサービスエリアに寄ってコーヒーでも飲むことにした。
こじんまりとしたそのサービスエリアは、夜中ということもあってひっそりとしていた。
カップベンダーコーナーの窓だけが不釣合いなくらい明るく手前の道路を照らしていた。

僕はコーヒーを選び、後ろのポケットに突っ込んだままにしていたコインを引っ張り出して、ベンダーに入れようとした。

そのとき突然、君といた夏の光景がよみがえってきた。
どうということのない光景。
僕たちはカップ ベンダーでアイスコーヒーを買って飲んだ。それだけの記憶。
なのに、細部まで克明に脳内によみがえってくる。
振り返れば本当にそこに君がいるのじゃないか。そんな気配がするくらいに。

今はいつなんだ。僕はここで何をしてるんだ。

回りの風景が急に現実感を失って、僕は自分がどこにも属していない気がした。

僕はあれからずっとここにいる。どこにも行けない。

僕はコインを握ったまま、人影もまばらな冬のサービスエリアのコーヒーベンダーの前で立ちすくんでいた。
 
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2009年11月11日

でこぼこ



僕たちはどちらかと言えば外出するより部屋にいる方を好んでいたので、週末はいつも部屋でごろごろしていた。だから、近所のお散歩が休みの日の僕たちの最大のイベントだった。

お散歩といっても、近所をぶらぶらして、写真を撮り、公園でノラネコとハトを見ながら自販機で買った飲み物を飲むくらいだったけど、それだけでとても満たされた気持ちになれた。
僕らは近所を一通りパトロールし終わると、いつも公園の入り口にある自販機で飲み物を買った。

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僕がポケットから小銭を出して自販機に入れていると、それを見て君が言った。

「いつも思うんだけど、ちょうどの金額しか持ってこないの?」
「うん。だって邪魔だもん。」
「もし、受け付けてくれないコインがあったらどうするの?」
「ほんとだね!」

僕が感心してそういうと、君はあきれ笑いをしながら、なにそれ、と言った。

「あなたって、すごく良く考えていることもあるのに、びっくりするくらい何も考えていないところもあるよね。」

僕は、照れ笑いをしながら、温かい烏龍茶のペットボトルを取り出し口から出してキャップを開け、君に渡した。君は、ありがとう、と言ってから、僕をじっと見て言った。

「あなたって、本当にでこぼこよね。」

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僕たちは公園に続く小経を縦に並んで歩いた。

でごぼこで、いびつな形の僕は、躓かないように注意しながら、君と青空と茶色くなった葉っぱが少しだけ残る公園の木を順番に見ながら、歩いた。

さっきまで真っ青だった空には、少しだけすじ雲がかかっていた。

僕たちの秋は、そうやって少しずつ冬に向かって進んでいた。

その冬は、最後の “いつもどおりの冬” になった。

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。