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2008年06月28日

夏前、静かな昼休みの終りに


 
 
日差しはまるで真夏のようだった。

僕たちはランチを済ませ、公園を横切ってオフィスに帰る途中だった。
午後の仕事を始めるまでにはまだ少し時間があったので、自販機でミネラルウォーターを買い、木陰になっているコンクリートの段差を見つけて腰掛けた。

大通りから一つ入っただけで随分静かになる。
公園沿いの道に停めた休憩中のタクシーの開いた窓から、AM ラジオの昼の番組が小さな音で聞こえてくる。

僕たちは、なんとなく黙ってぼんやりしていた。

「そのときからかな。」

ふと、彼は話し始めた。

「音楽が聴こえなくなったのは。」

僕は相変わらず黙って公園の真ん中辺りをぼんやり見ながら、彼の話を聞いていた。

「単なる音の集まり。道路工事の音と一緒。絵も模様にしか見えない。道路標識を見て感動しないのと同じで。」
「心が平らなんだ。何を見ても聞いても。食べ物も甘いとか辛いとかは分かるんだけど、おいしいかどうかが分からない。しかも、さ」

そこで彼は一旦話を切って、ミネラルウォーターのボトルの表面に細かく付いた水滴を指で何度か拭いて、その跡にできた透き通った部分を観察しているようだった。

「感情とは無関係に涙が止まらなくなったりするんだ。でも全然悲しくないんだよ。変だろう?」

僕は半分くらい残っているミネラルウォーターのキャップを閉めて足元に置いた。
彼は話を続けた。
僕がどんな風にしていても、彼の話を聞いていることが分かっているかのようだった。

「とても楽だよ。何にも邪魔されず、終わりに向かって淡々と歩くだけだから。」

僕はふと、大通りでランチを終えた人たちが信号待ちをしているところを想像し、彼が属している静かで穏やかな世界のことも同時に想像した。

僕は彼に訊いてみた。

「終わりにするの?」

彼は返事をせず、穏やかな顔でペットボトルの中の水面を見つめていた。

  ・・・

タクシーから聞こえてくる AM ラジオは午後 1 時を告げていた。

夏前のとてもよく晴れた水曜日の午後、とても静かな僕たちの昼休みは終ろうとしていた。

  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年06月19日




 
僕たちは結局、梅雨を一緒に過ごすことはなかった。
それから、梅雨は僕の中でどこか現実感がない季節になった。
なにかが抜け落ちてしまったそんな感じ。
たとえば、セリフの分からない古い無声映画をただ眺めているような感じだ。

  ・・・

「実はね、僕は存在しないんだよ。」

僕はエアコンの効きがいまひとつ良くないカフェで独り言を言ってみた。
なんとなくそう思ったのだけど、自分でもその意味を掴みかねていた。

原稿を書くのに疲れてきていたので、注文したハイネケン(それしかビールがなかったのだ)とナッツが来るまで、少し休むことにした。

外では細かい雨が降り始めていた。
僕は、コンクリート塀の乾いた白い部分が形を変えながら少しずつ小さくなっていくのをぼんやり眺めていた。
コンクリート塀がすべて雨の色に変わってしまうと、今度は誰もいないテラス席のテーブルに落ちた雨粒がくっついて大きな水滴になっていくところを理由もなく凝視していた。

  ・・・

「お待たせいたしました。」

僕はハイネケンを運んできてくれた女の子の声でふと我に返った。

ハイネケンを半分くらい一気に飲んでから、ピスタチオの殻を “自分のために” 剥いたときに、僕はすべてを理解した。
とても単純なことだった。
宇宙はすべて“対”でできていて片方だけでは存在できないのだ。
 
 
  ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2008年06月14日

上昇気流



  ・・・

入梅 (つゆいり) 前のからっと晴れた日に T シャツを干すことくらい気持ちの良いことって他にあるかな?

  ・・・

入梅前の晴れた金曜日、僕は君が会社に行くのを見送ってから、部屋の窓とカーテンを全開にして、洗濯機に洗濯物を放り込んだ。

コーヒーメーカーでコーヒーを落としながら、仕事の準備をする。
公園の上を通り抜けた風が勢いよく部屋の中に入ってきた。

  ・・・

洗濯物を干し終わってから、僕は落としたてのコーヒーで作ったアイスコーヒーを持ってベランダに出て、ぼんやり外を眺めた。

「ちりん、ちりん。」

自転車のベルの音が小さな音で聞こえてきた。
下を見ると、公園に植えられた楠の幹の隙間から、公園沿いの道をゆっくり走っていく自転車が見えた。

時折、少し強い風が吹いて、洗濯物がひらひらとなびき、かすかに洗剤の匂いが周りに漂った。
僕はパリッと乾いた T シャツを想像し、君と二人で T シャツをひとつひとつたたんでクローゼットにしまうところを想像して、幸せな気持ちになった。

空は、これからもずっとこんな気持ちでいられることを約束してくれているかのように気持ちよく晴れていた。
遠くでトンビがサーマルを捕まえて気持ちよさそうに、くるっくるっと回っていた。

  ・・・

結局、その約束は守られないことを知ったのは、その少し後だった。
 
 

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