対
僕たちは結局、梅雨を一緒に過ごすことはなかった。
それから、梅雨は僕の中でどこか現実感がない季節になった。
なにかが抜け落ちてしまったそんな感じ。
たとえば、セリフの分からない古い無声映画をただ眺めているような感じだ。
・・・
「実はね、僕は存在しないんだよ。」
僕はエアコンの効きがいまひとつ良くないカフェで独り言を言ってみた。
なんとなくそう思ったのだけど、自分でもその意味を掴みかねていた。
原稿を書くのに疲れてきていたので、注文したハイネケン(それしかビールがなかったのだ)とナッツが来るまで、少し休むことにした。
外では細かい雨が降り始めていた。
僕は、コンクリート塀の乾いた白い部分が形を変えながら少しずつ小さくなっていくのをぼんやり眺めていた。
コンクリート塀がすべて雨の色に変わってしまうと、今度は誰もいないテラス席のテーブルに落ちた雨粒がくっついて大きな水滴になっていくところを理由もなく凝視していた。
・・・
「お待たせいたしました。」
僕はハイネケンを運んできてくれた女の子の声でふと我に返った。
ハイネケンを半分くらい一気に飲んでから、ピスタチオの殻を “自分のために” 剥いたときに、僕はすべてを理解した。
とても単純なことだった。
宇宙はすべて“対”でできていて片方だけでは存在できないのだ。
・・・
※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。