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2007年06月17日

近況報告



げんきですか?

僕は今、とても山奥にある鉄道で運転手をしています。
とても田舎なので、電化もされてないし、単線です。
ほとんど乗る人もいません。
というか、この40年まったく乗客がいないのです。

毎朝、僕は操車場に行って、車掌と一緒に車庫から列車を出します。
重い木の扉にかかっている錠前を外して、扉を開き、列車をすぐ近くの山のふもとの始発駅まで移動させるのです。
そして、8時ちょうどに始発駅を発車して、山を越え、13時ちょうどに山向こうの駅に到着します。
そして、車掌と僕はそこで持ってきた弁当を食べたりして休み、14時ちょうどに折り返し運転で山を越えて、19時ちょうどに始発駅に戻ってきます。
そして、重い木の扉を開けて、列車を車庫にしまいます。

「きょうはおつかれさま。」
「またあした。」

毎日、そういって、車掌と僕は別れて家に帰り、眠るのです。

ある日、僕はお昼ご飯を食べながら、車掌にふと尋ねてみました。

「いつまで、この列車を走らせるのかな。これまで誰も乗ってこなかったのに。」
「この列車が壊れて動かなくなるまでだよ。毎年、予算というものがついてくるんだ。世の中にはそんなお金がいっぱいあるんだよ。」

僕は、最後は列車を車庫にちゃんとしまってあげたいと思いました。
登りの途中で、列車が壊れて立ち往生して、そのまま朽ちていくのは、あんまりだと思ったからです。
僕たちも最後はきれいに仕事を終えたいと思いました。
それが鉄道にかかわる者のプライドだと思ったからです。

「それなら、ちゃんと1日の仕事を終えて、ちゃんと車庫にしまって、錠前をかけて終わろうよ。これから先も誰も乗らないだろうし、今やめても誰も文句は言わないはずだよ。だって、この列車は、ほとんど僕たちが動かすためだけに存在しているんだから。これまで誰の役にも立たなかったけど、最後を選ぶ権利くらいあるはずだ。」
「君の言うとおりだ。そうしよう。では、来週の金曜日が最後の運転の日だ。」

僕たちはそう決めました。
そして、木曜日の夜に僕たちは祝杯を上げました。

「ついに明日だね。」
「うん、明日だ。」

誰の役にも立てませんでしたが、ちゃんと毎日、規則正しく列車を運行させたという満足感がありました。

そして、金曜日、僕たちはいつもどおり、列車を車庫から出し、始発駅まで移動させ、定刻に列車を発車させました。

がたん、ごとん、がたん、ごとん。

いつもどおり、列車は走ります。
ホントに旧式の列車なので、登りは大変です。とてもゆっくりとしか登りません。
秋だというのに、途中で蝶々が窓から乗ってきました。
僕たちは、定刻に山向こうの駅に着き、いつもどおり昼食をとり、定刻に折り返し運転で出発しました。
そして、定刻に始発駅に戻ってきました。
いつもどおり、車掌が駅の名前を呼んで、ドアを開けると、昼前に乗ってきた蝶々が扉からひらひらひらと降りていきました。

「最初で最後の乗客だったね。」
「そうだね。」

そして、僕と車掌はいつもどおり、車庫に列車を入れ、重い木の扉を閉じて、錠前をかけました。

「おつかれさま。これで最後だね。」
「おつかれさま。これで最後だ。」
「これでもう会うこともないね。これで良かったのかな。」
「もう会うこともないし、これで良かったんだよ。」
「さようなら。」
「うん。さようなら。」

そんなわけで、僕は今、一人で静かに暮らしています。

 
   ・・・

※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

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作者 “hirobot” について

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