まえがき

みなさん、はじめまして。
僕は、土曜日、公園にてというブログをやっているのですが、そこでは、普通の日記とともに不定期的に “お話” を書いています。そこに載せた “お話” は書いた後も見直して書き直したりしているのですが、見直し後の “お話” の発表の機会がなく少し不憫に思っていました。

そこで、“お話” だけを集めたブログを作ることにしました。それが、この “lost + found (ロスト・アンド・ファウンド)” です。ここに載せる “お話” は、「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。そのままの転記するものもありますが、少しずつ見直して書き直したものが多いです。

最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期に掲載しています。よろしければこちらの方も見ていただければ喜びます :-)
それでは、これからもよろしくお願いします。
  
※※

この「まえがき」へのスパム コメントが増えてきたため、この「まえがき」はコメントを受け付けないようにしました。コメントいただける場合は、他の日の日記か、「土曜日、公園にて」 ブログの方にコメントいただければと思います。

【連載】 新月前夜、窓、そして君の事。

※ この小説は、2009年12月21日から2010年3月4日まで、「土曜日、公園にて」で連載したものですが、まとめて読めるようにしてほしいというご要望があり、ここに載せることにしました。この小説には多くのコメントとメールをいただきましたが、それらは元の連載をご覧いただければと思います。また、第2話以降は「続きをよむ」からお読みいただけます。では、お楽しみください。※

***
***   第1話: 「窓」
***


文・イラスト: セキヒロタカ

あれは何年前の冬だったかな。 骨のように白く細くなった月が新月になる前の晩だった。僕が「そのこと」に気づいたのは。

その日はとても晴れていて、放射冷却で外は冷え込んでいたのだけど、ブラインドの隙間から見えた三日月が気になり、ふとベランダに出たくなった。
原稿締め切りの直前だった僕は、風邪を引いてしまわないように、ファーがたっぷり付いたランチコートを着込んだ。そして、お湯を沸かして温かいコーヒーを作り、蓋付きのマグカップに入れて、ベランダに出た。
コーヒーを飲みながらベランダで月を眺めていると、僕の部屋から見て月の端がビルにかかったとき、そのビルの最上階の部屋の明かりが点いて消えてを2度繰り返した。
僕はなぜかそれが妙に気になったが、そんなことはひと月も経たないうちに忘れていた。

その翌月、その日が新月の前の晩だったことを思い出し、先月妙に気になっていたことを一緒に思い出した。
僕がベランダに出て新月前の三日月を観察していると、月の端がビルにかかったとき、またあのビルの最上階の部屋の電気が2度点滅した。
僕はそれ以来、とてもそれが気になり、毎月、新月の前の晩になると、三日月とそのビルの最上階の部屋の電気を観察した。

  ・・・

そう。
その新月の前の晩も同じように僕はその部屋(正確に言うと、そこに明かりがつくであろう窓のような場所)と三日月を観察していた。
しかし、それはいつもの新月の前の晩とは違った夜になった。
 
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2011年10月10日

ドーナッツ



  ・・・

そうだ、一緒にドーナッツ屋さんに行こうよ。

コーヒーを飲んで、二人でドーナッツを食べよう。
 
君はピーナッツクランチ、僕はシナモン。
 
一口かじったドーナッツを顔の前に持ってきて、じっと眺めてる君を見て、僕が言う。

「今、『ドーナツが丸くてホントに良かった』とか言おうとしたでしょ」

「まぁ、そんなところね。どうして?」

「なんとなく、わかるんだ。」

「変な人。」

君はそういってから、僕を見て

「でもね、ドーナツが丸くなかったら、世界も違っていたと思うのよ。」

と言う。

「わかるよ。そういう風に考えるところも好きなんだ。」

僕がそういうと、君は笑いながら、

「私も変だけど、あなたはやっぱり相当変だわ。」

と言う。やっぱり、君の笑顔は素敵だな、と僕は思う。

そういう感じのドーナッツ屋さんが僕は好きです。


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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年05月15日

ある晴れた春の日の午後について




  ・・・
 
その年の春の晴れた日の午後、免許を取り立ての小僧だった僕は、知り合いの自動車工場から譲ってもらったボロボロのニッサン スカイラインをドライブして、国道 8 号線を西に向かっていた。

FM ではヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」が流れていた。

何の根拠もなく、やがて来る未来には明るい日々が待っていると、多くの人が信じていた時代だったし、僕もそう思っていた。

国道8号線は、西へ西へとまっすぐ続いていく。

僕は、車の窓をフルオープンにして、お世辞にもハイフィデリティとは言えないカーステレオの音量を上げて、デイヴ・リー・ロスと一緒に歌った。

「ジャンプ!」

国道沿いに広がる畑から、時折ひばりが飛び立つのが見えた。
耳を澄ませば、レンゲにとまる蜂の羽音まで聞こえてきそうな、のどかな午後だった。

そうして、僕は1つ歳を取った。
 
 
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年05月01日

晴れた休みの日には



  ・・・

晴れた休みの日は、いつものように公園に行こう。

お財布と帽子とカメラを持ったら準備完了。
服なんて適当でいいよ。

ドアを開けると、乾いた風がふわっと部屋を吹き抜ける。

「きもちいいねー。」

君は目を細めながら、外を見て言う。
外は初夏の明るさだけど、風にはまだ冷たい空気が混じってる。

ひんやりした廊下でなかなか来ないエレベーターを待つ時間も、君とこうしていられるだけで特別気持ち良く感じる。

「どうしてそんなににこにこしているの?」

君は不思議そうに言う。

「エレベーターを待っているのが楽しいから。」

僕がそういうと、「あなたはほんとに変な人」と言って君は笑う。

「わたしね、あなたの笑顔を見るのが好き。とても優しい気持ちになれるの。」

君は少し考えてから、そう言った。

廊下から見る空はとても明るくて、このまま飛び立てるような錯覚に陥りそうになる。街路樹の影は昨日より少し短く濃くなっているような気がした。

エレベータの階数表示がもうすぐ僕らの階に到着することを知らせている。
僕が映画の中に住んでいて今がエンディングなら、どれだけいいだろう、と思った。


  ・・・

あれから、僕はあのエレベーターには乗っていない。
あのエレベータは今も誰かを運んでいるのだろうか。
あの廊下に吹く風は今もひんやりしているのかな。
  
  
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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年04月29日

理想的なゴールデンウィークとは





  ・・・
 
その年のゴールデンウィークが、僕たちにとっての最初のゴールデンウィークだった。

僕たちは、ドライブに行く予定を立てたのだけど、ひどい渋滞に巻き込まれ、結局、途中で帰ってくる羽目になった。
それから僕たちはどこに行くのもあきらめて、部屋で映画を見たり、散歩に出たりして過ごすことにした。

ヴィデオのレンタルショップまで、僕たちはいつも通る表通りではなく、1つ入った裏通りをぶらぶら歩くことにした。

まったく普通の、どうってことない路地だ。
一人で歩いていたら、なんと言うこともなく通り過ぎてしまうところだけど、二人で歩くといろんな発見があった。

僕たちは路地にあるいろんなものを写真に撮り、こっちの方から撮った方が良いだの、もっと近づいた方が良いだの、と言いながら、ぶらぶら歩いた。
途中ですずめの変な鳴き声に大笑いし、風変わりな店の看板を見て勝手に商売の内容を創作したりした。

帰り道、僕たちはコンビニエンスストアでコロッケを買い、近くの公園で並んで座って食べた。僕たちは、公園にいる鳩の行動を観察し、臆病なカラスと物怖じしない野良猫の対決を観戦した。

少しはなれたところで、親子がキャッチボールをしていた。遠くから微かにセスナ機のプロペラの音がする。

  「あ、風船。」

君が指差す方向を見ると、遠く小さく、たくさんの風船が空に吸い込まれていくのが見えた。

  ・・・

晴れた穏やかな風の吹く休日。

こんな時間がいつまで続くのか分からなかったけど、僕たちは(少なくとも僕は)、この時間がずっと続くように祈っていた。
 
  
  
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2010年04月12日

しまっていこー



  ・・・

「しまっていこー」

こんな晴れた春の日は野球がしたくなる。

遠くで、昼のチャイムがなってる。
風は少し甘くて不透明な匂いがした。

 


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2010年04月01日

晴れた休みの日と、装置としてのカメラと、君について



  ・・・

「今日は本当に良い天気ね。」

君はそう言って、カメラという装置で僕らの上に広がる空気を透き通ったガラスの箱に、どんどん詰めていった。

カシャリ

ガラスの箱に空気をひとつ詰めるたびに、君はガラスの箱を光にかざして検査し、大事そうに木箱にひとつひとつしまっていく。

こんな良く晴れた日に、その作業をする君を眺めているのが僕は大好きだ。

  ・・・

時折、君はガラスの箱をひとつ持って僕のところにやってきてこう言う。

「ねぇ、これ、イイと思わない?」

僕は、

「君の撮る “空気” は世界一素敵だよ。」

という。君は、

「私はあなたに褒められるのが一番嬉しい。」

と笑って、また、透明な四角いガラスの箱に空気を閉じ込め始める。

僕は、君の持ってきたガラスの箱を太陽にかざしてみた。
その中には、空気と一緒に君の体温も閉じ込められているような気がした。

僕はどこまでも青く透き通った空を見ながら、僕たちは真空の宇宙の中にぽつんと浮かんだ星の上にほんの一瞬存在しているだけなんだ、ということを実感した。

とても良く晴れた春の一日だった。

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年03月26日

晴れ、ベンチ、そしてギター。




晴れてとても気持ちのいい日だったので、午後仕事を少し休んで、ビールとギターを持って庭に出た。

ベンチに座って見上げると、空と雲が最良のバランスで混ざっていた。
僕はビールを開けて一口飲んだ。

ピスタチオもなかったし、隣に君もいなかった。
僕は小さなラジカセの代わりに、ギターを弾いて口笛で「Saturday In The Park」を吹いた。

あの年の春の匂いがした。
 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年03月18日

最初の冬、最後の春




 
その年の冬は、とても寒い日が多かったけど、天気の良い日には、僕たちは良く散歩をした。

僕達は、いつもの公園を突っ切って、そのあたりをぶらぶら歩き写真を撮ったり、ベンチに腰掛けて、暖かい缶コーヒーを分け合いながら、野良猫の毛並みの差について議論したりした。

僕はいつもの通りくだらない冗談を言い、彼女はいつもの通り笑っていた。

「あなたって、ホントに面白いよね。そういうくだらないところが好き。」

僕は、彼女の笑顔を見て、とても暖かな気持ちになった。

ニュースは、その年の降雪量は記録的なものだったことを伝えていた。
公園では、花も少し咲き始めていた。
 
僕たちの最初の冬はそうやって、徐々に最後の春へと向かっていた。
 

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※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年03月05日

深夜のカップベンダーの記憶に対する影響について


 
その日、僕は深夜の高速道路を走っていた。
少し疲れたので、途中のサービスエリアに寄ってコーヒーでも飲むことにした。
こじんまりとしたそのサービスエリアは、夜中ということもあってひっそりとしていた。
カップベンダーコーナーの窓だけが不釣合いなくらい明るく手前の道路を照らしていた。

僕はコーヒーを選び、後ろのポケットに突っ込んだままにしていたコインを引っ張り出して、ベンダーに入れようとした。

そのとき突然、君といた夏の光景がよみがえってきた。
どうということのない光景。
僕たちはカップ ベンダーでアイスコーヒーを買って飲んだ。それだけの記憶。
なのに、細部まで克明に脳内によみがえってくる。
振り返れば本当にそこに君がいるのじゃないか。そんな気配がするくらいに。

今はいつなんだ。僕はここで何をしてるんだ。

回りの風景が急に現実感を失って、僕は自分がどこにも属していない気がした。

僕はあれからずっとここにいる。どこにも行けない。

僕はコインを握ったまま、人影もまばらな冬のサービスエリアのコーヒーベンダーの前で立ちすくんでいた。
 
  ・・・
 
※ このブログは「土曜日、公園にて」に掲載した“お話”を修正・加筆したものです。最新の“お話”は「土曜日、公園にて」に不定期で掲載しています。

2010年02月15日

Blackbird とラナンキュラスと夜の記憶について





  ・・・

「あなたはそろそろ“終わり”になりますね。」

玄関を開けると、そこに立っていた彼女がそう言った。
彼女とは面識がなかったが、きっとそういう役割なのだろう。

「そうなんですか。“終わり”はいつ頃なのですか?」
「はっきりとは言えませんが、もうすぐです。」
「そうですか。もう少し早かったら丁度良かったんですけどね。そうだなぁ、昨年の春頃なら一番よかったかな。」

彼女は、僕が残念そうな顔をしているのが気になったのだろう。

「ご希望に沿えず申し訳ありませんが、決まっていることですので。」

そう言って、視線を落とした。

「いえ、いいんですよ。まぁ、今でも悪くはないし。それに・・・」
「それに?」
「それにあなたのせいじゃない。」

彼女のせいなのかどうかは分からなかったけど、気にさせるのが悪かったのでついそう言ってしまった。

「では、いろいろとご用事もおありでしょうから、私はこれで失礼いたします。」

彼女は視線を上げて僕を見ると、そう言って帰っていった。

 ・・・

僕はドアを閉めて、部屋に戻り、コーヒーを1杯分落としてカップに移した。

原稿の締切が終ったところだったし、取り立ててしておかないといけないことは思い浮かばなかった。とりあえず、クライアントにしばらく仕事が請けられなくなることをメールに書いて送った。

コーヒーを飲み終わってしまうと、僕はやることがなくなってしまった。

日頃の癖でシャワーをして、ベランダに出た。
夜空を眺めていると、どうしても最後に話をしたくなったので電話をかけた。

呼び出し音はとても長いように感じたし、受話器から聞こえる声はとても平板な気がしたけど、気のせいかもしれない。

「そろそろ僕は終わりなんだそうだよ。」
「そうなんだ。残念だね。」
「君が悲しんでくれるうちに終わりになれば良かったんだけどなぁ。」
「でも、それはあなたが選んだことだから仕方ないわ。」
「そうだね、君の言うとおりだ。」

もうそれ以上何も言うことがなかった。

「それじゃあ、さようなら。」
「うん、さようなら。」

簡単なお別れの挨拶をして僕らは電話を切った。


特に理由はなかったが、電話に保存されている住所録と発着信履歴とメールをすべて消した。もう電話を使うこともないだろう。
そうしてしまうと、とても身軽になった気がした。

僕は部屋に入り、メモパッドから用紙を 1 枚、丁寧に切り取った。

いつも使っている“馴染み”のボールペンのインクがちゃんと出るのを確認するために、雑誌の裏にぐるぐると丸を描いた。

そして、僕はこれまで書いたどの文字より丁寧にメモ用紙に書いた。

「ありがとう」

メモに最初に気付いてくれた人へのメッセージになればいいな、と思いながら、テレビの前のいつも使っている小さなテーブルの上にメモを置いて、メモが飛ばないようにラナンキュラスの一輪挿しをメモの隅に置いた。

僕は部屋の明かりを消して、横になった。


遠くの方で誰かが「Blackbird」を口ずさんでいるのが聴こえたような気がした。
 
  ・・・
 
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作者 “hirobot” について



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